深い青がうすれた朝の空港で、スーツケースと一緒に揺れるケージを見かけることがある。
金属の光と、まだ眠りの残る空気のなかで、短い鼻をもつフレンチ・ブルドッグが静かに見つめている。 飛行機は速く遠くへ連れていってくれる。だけどその速さと空間は、小さな身体にとって優しいとは限らない。フレブルという犬種固有の身体の感覚を思うとき、旅の選択肢はただ「飛行機に乗せるかどうか」だけではなくなる。
フレブルの身体と“飛行機”の距離感
フレブルは「短頭種」と呼ばれる犬種だ。鼻腔や気道が比較的短く、呼吸が効率的でない構造を抱えている。短頭種の身体は日常でも気温や湿度、ストレスに繊細に反応しやすい。そこに飛行機という特殊な環境──気圧の変化、貨物室や機内の気温・湿度の揺らぎ、長時間の閉じた空間、騒音と振動──が重なると、呼吸困難や熱中症のリスクが高まると指摘される。
専門家の見解では、このような環境ストレス下での呼吸・体温調整の負荷が、短頭種にとって特に大きいとされている。1
航空会社ごとのスタンス──制度としての「乗せない理由」
国内外の航空会社を見ると、短頭種をめぐるルールは会社ごとに大きく異なる。これらの違いは単なる“サービスの違い”ではなく、犬の安全と衛生、過去の事例を踏まえた慎重な判断として設けられている。
| 航空会社/地域 | フレブルなど短頭種の扱い/制限 | 備考・条件のポイント |
|---|---|---|
| 国内・Japan Airlines(JAL) | フレンチ・ブルドッグ/ブルドッグは全便で預かり不可 | JALでは、短頭犬であるフレンチ・ブルドッグやブルドッグは、国内線・国際線ともに受託手荷物・貨物での輸送を受け付けていないが、その他の短鼻犬・短頭犬、ブルドッグ・フレンチブルドッグの雑種は条件付きで預けられる。2 |
| 国内・All Nippon Airways(ANA) | 夏期(5/1〜10/31)に短頭種の預かり中止 | ANAでは、短頭犬種の預かりを毎年5月1日〜10月31日のあいだ一時的に中止している。高温と湿度が重なる季節は、呼吸や体温調整に敏感な短頭種が体調を崩しやすいためだ。フレンチ・ブルドッグもこの対象に含まれ、期間外であっても健康状態やケージの条件によって可否が判断される。3 |
| 国内・StarFlyer | 夏期(5/1〜10/31)に短頭種の預かり中止 | StarFlyerでも、毎年5月1日~10月31日の夏季期間中は貨物室での短頭犬種の預かりは中止されている。対象は複数犬種にわたり、高温期のリスクを考慮した対応だ。「FLY WITH PET!」の機内同伴サービスはあるものの、短頭種は貨物扱いが制限されるため、事前の確認が欠かせない。4 |
| 国内・スカイマーク等 | 多くの短頭種を通年で預かり不可 | 会社により対象犬種や季節の扱いは異なるため、公式確認が必要。 |
| 欧州系・Air France | 小型犬・猫は機内・貨物で輸送可能(犬+キャリア8 kg以内は機内) | 8 kg超は貨物室扱い。犬種ごとの全面禁止の明記なしだが、短頭種は「貨物不適格」の扱いがある場合あり(健康・書類条件)。5 |
| 欧州系・Lufthansa(ルフトハンザ) | 小型犬・猫は機内持込み可(要キャリア条件) | 短頭種も機内可だが、貨物室での扱いは制限。輸送条件や重量・サイズは航空会社基準。 |
| 欧州系・KLM | 小型犬・猫は機内持込み可(要キャリアサイズ・重量) | 体重・キャリア条件を満たせば機内同伴可能。航空会社により貨物条件あり。 |
| 米国系・Delta Airlines | 短頭種の貨物室預かり不可(貨物扱いは不可) | 小型犬・猫の機内持込みは条件付きで可能。短頭種を貨物で受託しない旨の明記あり。6 |
| 米国系(United/American 等) | 多くは機内持込み可能(体重・サイズ条件) | ただし貨物室利用時は短頭種不可という扱いが一般的(航空会社ごとに細目条件あり)。 |
(※2025年12月現在の情報です。最新の規約については各社にお問い合わせください。)
このように、航空会社ごとの規定は一様ではないものの、短頭種に対する制限や条件が設けられている背景には「安全性への慎重な考え」がある。それは制度としての「乗せない理由」そのものであり、旅の前提として知っておきたい現実だ。
飛行機以外の旅の選択肢
では、飛行機が安全面で不安を抱えるなら、どんな旅の選択肢があるだろうか。
地上移動という選択肢がある。新幹線や車、フェリーを使う旅は飛行機の速さには及ばないかもしれない。だが、犬の呼吸や体温のリズムに寄り添いながら、途中で立ち止まり、空気の匂いや風の変化を感じられる時間が生まれる。都市から都市へと線でつなぐ旅は、目的地に到達するだけでなく、移動そのものが豊かなリズムになる。
また、近場での滞在──都心近郊や郊外の自然のなかで、移動距離を短くした旅──も一案だ。そこでは時速が遅い分、犬と過ごす細かな時間の質が濃くなる。コーヒーを一杯淹れて、朝の空気とともにゆっくり歩く。少し遠くまで足を伸ばして、夕方の光のなかで犬と並んで座る。飛行機に乗ることはゴールではない。目的地よりも、どう連れていくかを考えることに、別の旅の余白がある。
小さな呼吸と、移動の余白
ある飼い主は、飛行機での移動を断念し、早朝の新幹線で目的地へ向かった。静かな座席で、窓の外の風景がゆっくりと変わり、犬の呼吸に合わせて列車のリズムが重なっていく。別の人は、長い距離を車で巡りながら、途中のサービスエリアで体を伸ばす時間を大切にした。 彼らに共通していたのは、「どう安全に、どう心地よく連れていくか」を優先したということだ。ただ“遠くへ行きたい”だけではなく、移動の密度をどうデザインするか。それが距離と時間を生み出し、旅の質を変えていく。
空港のランプに降り注ぐ朝の光は、まだ眠るアスファルトの匂いとともに静かに広がる。フレンチ・ブルドッグの短い鼻先がその光をなぞるように呼吸をする。飛行機は遠くへ連れていく道具だが、その道具が「最善」かどうかは、犬の身体の声に耳を澄ませることでしか決められない。 旅はゴールではなく、どう移動するか、その感覚そのものにある。選択肢をひらき、距離と時間を静かに味わう──そんな旅のあり方が、風景の奥にふっと余白をつくる。
