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パリの石畳からハリウッドへ――フレンチブルドッグの静かな変遷
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パリの石畳からハリウッドへ――フレンチブルドッグの静かな変遷

闘犬の時代を離れ、職人の旅に寄り添い、パリの下町で形づくられた小さな犬。犬という存在が文化と都市をつなぐ、その静かな旅路をたどる。

冬の灰色から淡く抜けた午前の光が、石畳に細く伸びる。パリの下町を歩く人々の足もとに、ひょこりと小さな犬影。 その影の主は、まだ名もない一匹のブルドッグ。鼻はまるく押しつぶされ、耳はわずかに立ち、体格はどこか街のスケールに似つかわしい。

この犬が、やがて“街の犬”から、パリのカフェ、アトリエ、さらには遠いアメリカのアパートの窓辺にまで、その名を刻むようになるとは――当時は誰も知らなかった。

 

── そうして、小さな足音は、世界を巡る “パリジャン・ドッグ” となる。

起源とイギリスの小型ブルドッグ

現代の フレンチ・ブルドッグ の根は、19世紀のイギリスにある。かつて、牛と闘わせる目的で使われた イングリッシュ・ブルドッグ は、筋肉質で力強く、闘犬に向いた犬種だった。1

しかし1835年――英国で動物を傷つける娯楽が禁止されると、闘犬としての役割を失ったブルドッグたちは、新たな行き先を模索されることになる。

そのなかで誕生したのが、小ぶりで穏やかな性格を持つ “トイ・ブルドッグ(Toy Bulldog)”。体格を小さくし、穏やかさを重視したこの変化は、労働者階級の人々、とりわけ英国のレース職人たちの間で歓迎された。

 

だが産業革命の波は、その職を多くの者から奪い、ノッティンガムなど織物産業の地から北フランス、そして最終的にパリへと移動する職人が増えた。彼らが連れていた小さなブルドッグもまた、海を越えた旅の伴侶だった。2 こうして、“戦いの犬”だったブルドッグは、戦いの役割を離れ、“ともに生きる”小さな存在へと姿を変えていった。

パリの下町で育まれる “街の犬”

19世紀半ば、英国から渡ってきたこの小型ブルドッグたちは、北フランスを経て、ついにパリの下町に根を下ろした。かつての職人とともに、パリの商店、肉屋、細い路地裏――人々の生活の端に、小さな犬たちの気配が広がった。

彼らの体格は、石畳と古い建物にしっとり馴染む。街を行き交う人々の膝の上、店先、裏通り――そこに存在することが自然だった。

 

やがてこの時期に、今日のフレンチ・ブルドッグの特徴とも言える、短く詰まったマズル、つぶれた顔、そして“コウモリ耳 (bat-ear)” の原形が形づくられていった。ブルドッグの筋骨や闘争性は影を潜め、代わりに街のスケールと日常に似つかわしい姿が浮かび上がった。

それは、犬が “ただの動物” ではなく、人々の日々のあいだに溶け込む存在になる瞬間だった。

社会の装い:上流階級や芸術家たちの手へ

小さな“街の犬”は、やがてパリのカフェ、アトリエ、サロンといった場へ足を踏み入れる。芸術家、作家、そして夜の街に生きる人々――さまざまな顔を持つ人々に囲まれ、“ブルドッグ” は “パリの佇まい” の一部になっていく。

とりわけ、当時の画家たちはこの犬を作品に描き、挿絵に取り入れた。言葉以上に、犬の気配が、都市の空気や人々の装い、夜の灯りとともに刻まれていった。

また、この変化は社会階層の広がりを意味した。もはや “下町の犬” にとどまらず、やがて “象徴的な伴侶 (コンパニオン・ドッグ)” として再定義される。温かい膝の上、ソファの端、都会のアパート――そんな場所に収まる犬として、人々はフレンチ・ブルドッグに新しい価値を見いだしていった。3

ブルドッグの朗らかな気配は、街のざわめきにまぎれ、しかし確かにそこにあった。

海を越えて:アメリカへ、そして世界の犬へ

19世紀後半、パリを訪れたアメリカ人たちは、この小さな “パリジャン・ドッグ” に心を奪われ、故国に連れ帰った。

アメリカでのドッグショー、社交界、都市型生活――コンパクトな体、穏やかな性格、そして独特の耳や顔立ちが、都市生活にも映える伴侶として重宝された。特に、立ち耳(bat-ear)は標準の特徴として定められ、世界各地で「これこそがフレンチ・ブルドッグ」というかたちで認識されるようになった。

20世紀を通じて、戦争や社会の混乱期もあったが、徐々にその存在は世界へ広がる。都市化、アパート住まい、コンパクトな暮らし――そんなライフスタイルに親和性の高い犬種として、フレンチ・ブルドッグは世界中で人気を高めていった。4

パリの石畳から、世界の窓辺まで

長い時間をかけて、フレンチ・ブルドッグはその姿を変え、場所を変えてきた。 18〜19世紀の英国。かつて闘犬として鳴らした祖先は、時代の変化とともに縮み、小さな “トイ・ブルドッグ” となる。

その小さな体は、産業革命のあおりで仕事を失った職人たちとともに海を渡り、石畳の街――パリの下町に根を下ろす。商店の戸先に、路地裏に、カフェの影に。やがては上流のサロンや芸術家のアトリエにも迎え入れられ、街の空気の一部となった。

そして20世紀。小さな体と独特の顔、コンパクトなサイズ感が、都市のライフスタイルに合い、やがてアメリカや世界各地へと広がる。ドッグショーや愛玩犬としての地位が確立され、今では多くの国で高い人気を得る犬種のひとつとなっている。

だが、この遍歴において、フレンチ・ブルドッグは “ただのペット” ではなく、時代と人々の暮らし、都市の風景とともに形を変え、そこにある “気配” として在り続けた。

その小さな体は、パリの灰色の朝、ニューヨークの夜、東京のマンションの一室――どこにあっても、暮らしの粒度をそっと変える。

この犬の歴史は、単なる系譜ではない。人と街、人と文化、人と時間をつなぐ、静かな往還である。

Footnotes

  1. French Bulldog History: A Complicated Past From Brothels ...

  2. All About: French Bulldogs

  3. History of the French Bulldog Breed

  4. The History of the French Bulldog