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彼から学ぶこと、私たちが学ぶこと
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彼から学ぶこと、私たちが学ぶこと

知識は「押しつけるもの」じゃない。犬と暮らすことで広がる、双方向の学びについて。

春になると、なぜか本棚に手が伸びる。 彼らと暮らし始めてから、その傾向に気づいた。 あの子のことを、もっと知りたい——その気持ちが、こんなにも世界を広げていくとは。

知らなかったことの多さに、気づいた日

最初は、不安からだった。

食べていいものと、そうでないもの。散歩はどれくらいの距離が適切なのか。暑さには弱いのか、寒さには? 一緒に暮らし始めた頃、知らないことの多さに正直、途方に暮れた。スマホで調べると、また新しい疑問が生まれる。答えを探して、また別の問いに辿り着く。

短頭種のフレンチブルドッグであれば、それはなおさらだ。あの独特の鼻の構造のこと、皮膚のしわに潜む蒸れのこと、体温調整の難しさのこと。知れば知るほど、自分がいかに何も知らなかったかを思い知らされた。

それでも、調べることをやめられなかった。本を買い、獣医師に質問し、同じ犬種の先輩たちの話に耳を傾けた。最初は「失敗したくない」という気持ちが動機だったかもしれない。でもある時期から、その動機がじわりと変わっていったことに気づく。

不安が薄れていくにつれ、純粋な好奇心が顔を出してきたのだ。

資格、本、そして失敗の蓄積

犬と暮らすことで、「もっと学ぼう」と思う人が増えている、と感じる。

トレーニングの理論、栄養学、応急処置の基本。近年は愛玩動物飼養管理士やドッグトレーナーの資格を取る人も珍しくなくなった。体系的に学ぶことで見えてくるものがある。なぜ彼らがその行動をとるのか。何を伝えようとしているのか。知識は、彼らとの対話の「解像度」を上げてくれる。

ただ、学んだことをそのまま当てはめようとすると、どこかでうまくいかなくなる。

「本にはこう書いてあった」「トレーニングの理論ではこうするはずだ」。正しい知識を持つほど、かえって目の前の彼らが見えなくなることがある。 知識は「正解を押しつける道具」ではなく、「理解を深めるための地図」だ。地図はあくまでも地図で、実際の地形は自分の足で確かめるしかない。 そして、失敗も欠かせない学びの一部だった。

うまくいかなかった日のこと、伝わらなかった言葉のこと、誤解したまま過ごしていた時間のこと。完璧な知識より、何度も試して、ぶつかって、少しずつ理解していく過程の中にこそ、この関係の豊かさがあった気がする。

彼らは、いつも先に知っている

散歩中、突然立ち止まる場所がある。

何もない、と思っていた。でも彼には何かが聞こえているか、嗅ぎ取れるかしている。そこに確かに、私たちには届かない情報がある。しばらく一緒に立ち止まって、彼の鼻先が向く方向をじっと見ていると、自分の世界がいつもよりほんの少し広がったような感覚になる。

「NOと意思表示する」彼らの表現も、暮らしを重ねるほど豊かに見えてくる。耳の微妙な角度、視線の逃がし方、呼吸のリズムの変化。言葉を持たないぶん、体全体で語りかけてくる。これだけの語彙を持っていたのかと、何年経っても驚く。

観察することを、彼らに教わった。 「今ここ」に全力でいることも。急がないことも。人間がいつのまにか手放してしまったものを、彼らはずっと当たり前に持ち続けている。一緒に暮らしていると、それを取り戻せる瞬間がある。朝の散歩で、ふと立ち止まった彼の横に並んで、同じ方向をぼんやり眺めている時間。あの感覚は、どんな本にも書いていなかった。

「教え合う」ことが、いちばん豊かな学びだった

振り返ってみると、学びは一方通行じゃなかった。

人が知識を深めるほど、彼らの言葉が読めるようになる。彼らが世界を教えてくれるほど、人が彼らをもっと理解しようとする。その往復の中に、この関係のすべてがある気がする。どちらかが「教師」で、どちらかが「生徒」なのではない。対等に、互いのことを学び続けている。

まだまだ知りたいことがある。知れば知るほど、知らないことが増えていく。でもそれが少しも嫌じゃないのは、きっと隣に彼らがいるからだ。学ぶことの先に、彼らとの時間が待っている。それだけで、十分な理由になる。

 

君がいると、世界が気になり始める。