犬のそばにいると、なぜか体がほどける。理由を説明しようとして、うまくいかないまま、何年も過ごしてきた人は多いと思う。
その「なぜ」に、科学がようやく答え始めている。
コルチゾールという名前のストレス
ストレスを感じると、副腎から「コルチゾール」というホルモンが分泌される。適度な量なら問題ないが、慢性的に高い状態が続くと、免疫の低下、睡眠障害、気力の消耗につながる。5月病の正体の一部は、このコルチゾール過多だと考えられている。
では、犬のそばにいるとどうなるか。
2022年にPLOS ONEに掲載された研究では、週2回・20分間、4週にわたって犬と過ごしたグループは、過ごさなかったグループと比べてコルチゾール値の上昇が統計的に有意に抑えられた1。また、別の研究では犬を伴わない参加者のコルチゾール反応が、犬のいるグループの50%以上高いという結果も出ている2。
さらに2024年のメタ分析(システマティックレビュー)では、犬と15分以上過ごすことで有意なコルチゾール低下が確認され、効果量は0.65という中〜大程度の値を示した3。「気のせいかな」と思っていたことが、数値で裏付けられている。
副交感神経が、優位になる
ストレス状態では交感神経が優位になり、心拍が上がり、体は戦闘態勢になる。反対に、リラックスしているときは副交感神経が優位になり、心拍が落ち着き、消化や回復が進む。
酪農学園大学の研究では、健康な高齢者13名が犬と30分間散歩したところ、副交感神経の活性値が明らかに上昇した。さらに、散歩を重ねるごとにその値が増加するという継続効果も確認されている4。犬との散歩は、回を重ねるほど体が「緩む」練習になっていく。
もうひとつのホルモン、オキシトシン
コルチゾールが下がるだけではない。犬と触れ合うとき、今度は「オキシトシン」という別のホルモンが分泌される。愛情ホルモン、幸福ホルモンとも呼ばれる物質で、ストレスの緩和や血圧・心拍の安定に作用する。
東京農業大学とユニ・チャームの産学連携研究では、アニマルセラピーを実施した後、参加した高齢者の83.8%でオキシトシンの分泌量増加が確認された5。注目すべきは、セラピー犬側でも77.1%がオキシトシン増加を示したことだ。癒している側も、癒されている。
犬学研究の第一人者である麻布大学の菊水健史教授は、飼い主と犬が視線を交わすことで双方のオキシトシンが上昇し、親和性を高める「正のループ」が生まれることを明らかにしている6。目が合うだけで、何かが動いている。
感覚は、正しかった
「そばにいると落ち着く」「一緒にいると何となく楽になる」。そうした感覚は、何十年も前から犬と暮らす人が知っていたことだ。科学はそれを、後から丁寧に証明してきた。
5月病の処方箋を探すなら、犬はすでに答えを持っている。
一緒にいるだけでいい。散歩に出るだけでいい。目が合うだけでいい。特別な何かをしなくても、体の内側では確かに変化が起きている。急がない生き方を、彼らは毎日、実演し続けている。
