夕暮れの街を歩くと、ビルの窓に映る淡いオレンジの光がそっと揺れる。 舗道に積もる落ち葉の乾いた匂いを、丸く短い鼻先が拾いあげる。 その姿は、小さな体と丸みのあるフォルムを通じて、都市の湿度や風、季節の空気を受けとめる静かな存在だ。 だが同時に、その「体の構造」が、ある選択――避妊・去勢――を考えるとき、ただ“平均”や“ガイドライン”だけでは語りきれない、微妙な重みを持つ。
ここでは、「短頭・小型の犬と暮らす者」にとって、“いつ、どう選ぶか”という問いを、慎重に見つめ直したい。
一般的に言われる“標準”のタイミング
多くの獣医や専門の案内では、小型犬を含めた多くの犬で、避妊・去勢の目安は生後6か月前後*とされる。 1 メスでは、初めての発情を迎える前に避妊をしておくことで、将来的な子宮や卵巣の病気、乳腺の疾患のリスクを下げられる可能性がある。2 オスの場合は、生殖器まわりの病気の予防や、マーキング、マウンティングなどホルモンに由来する行動の抑制につながるとされる。
ただしこれはあくまで“平均的な犬”を前提にした目安であり、体格や成長ペース、生活環境などによって「この子にとって適切な時期」は変わりうる。
短頭・小型というフォルムの静かな重み —— “平均”がそのまま当てはまるとは限らない
丸くてコンパクト、短い鼻先。このフォルムを持つ犬は、その身体的な特徴が、避妊・去勢の判断にとって重要な意味を持つ。
特に短頭の犬種には、呼吸の通り道がやや細めだったり、暑さや興奮で息づかいが浅くなりやすかったりする傾向がある。加えて、手術には全身麻酔が必要となるため、呼吸や体温、回復に対するケアやリスクの確認がより重要になる。3
つまり、“体が小さい/鼻が短い”という特徴は、たとえ一般的なガイドラインが「6か月前後」を示していても、そのまま当てはめるのではなく、その子の体の状態、呼吸の様子、日常の生活のリズムをよく観察したうえで、慎重に判断したほうがいい。
判断のための“チェック項目” — 手術のタイミングをどう見きわめるか
実際に「いつ手術するか」を考えるなら、以下のような観点を見ておきたい。
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体の成長の具合
体格や骨格の成長が落ち着き、動きやすさやバランスが整っているか。成長スピードには個体差があるため、焦らず見守る。
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呼吸・気道の状態
散歩後や暑い日、運動後の息づかい、いびき、ハァハァの頻度。呼吸が浅くなったり、重くなったりしないかを観察する。
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生活環境とリズム
特に短頭・小型種の経験がある病院で、麻酔のリスクや回復の見立て、術後のケアについてよく相談する。
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手術後のケアと生活の調整
麻酔明けからの回復、食事、体重、体温、無理のない生活。静かでストレスの少ない環境を整える。 するケアやリスクの確認がより重要になる。3
これらを通じて、“この子にとって、今が安全で無理のない時期かどうか”を、自分の感覚と観察で見きわめること。
手術しない/先送りする、という選択も ―― “暮らしの整え方”の一つ
避妊・去勢を選ぶ/選ばないのどちらかが正解、というわけではない。どちらにもメリットと留意すべき点がある。
手術をしなければ、性ホルモンのリズムや発情の周期を保つことができる。ただ、発情期のケアや、将来的な健康リスク、行動変化などは意識しておく必要がある。
特に短頭・小型という身体構造を持つ犬なら、手術をしないという選択でも、呼吸、暑さ、散歩、休息、住環境といった“生活の基盤”を整える配慮が重要だ。 避妊・去勢はあくまで、“その子との暮らしのバランス”を整える選択肢のひとつである。
平均ではなく、“この子”のリズムで
街灯がひとつ、またひとつ灯るころ。犬は地面の匂いや、夜の冷気を静かに吸い込む。 その短い鼻が、都会の空気の粒をひとすくいするたびに、体と暮らしのバランスがそこにあることを思い出す。 「いつ避妊・去勢をするか」。 それは単なる“手術の時期”ではなく、この子の体のリズム、呼吸の質、日々の暮らしのリズムを、もう一度見つめるための問いなのだ。
この問いに、急ぎの答えはいらない。 静かなまま、ただ、そこに。
