journal/topics

犬と観戦するための席がある。

セントルイスのスタジアムには、犬と一緒にMLSの試合を観るためだけにつくられた席がある。その名はPurina Club。家族を置いてこないスタジアムの話。

Purina Club、犬と観戦できるMLSスタジアムの専用席

アメリカのスタジアムには、試合だけを見に行くというより、一日を過ごしに行く場所のような明るさがある。食べるものがあり、音楽があり、子どもがいて、グッズを買って、写真を撮って、街の週末がそのままスタジアムへ移動してくる。そこではサッカーもまた、暮らしの一部として受け取られている。

では、その「家族の週末」に、犬はどこまで入ってこられるのだろう。セントルイスのスタジアムには、その答えのような席がある。名前はPurina Club。犬と一緒にMLSの試合を観るためにつくられた、専用の観戦スペースだ。St. Louis CITY SCは2023年4月、当時CITYPARKと呼ばれていた本拠地に、MLSスタジアム初の常設・専用ペットフレンドリー席としてPurina Clubを導入した。現在スタジアム名はEnergizer Parkに変わっているが、この小さな発明が語っていたものは、名前が変わっても変わらない。12

 

世界中がワールドカップに熱狂するたび、私たちはピッチの上に目を向ける。けれどサッカーの物語は、いつも選手だけのものではない。クラブの歴史を変えた犬。スタジアムで家族を見つけた犬。名前になった犬。フットボールのそばで生きた犬たちを通して、その国らしさを見つめる連載。犬は、ゴール裏にいる。

犬が「家族」である国で

アメリカで犬が家族の一員として扱われることは、もはや感覚だけの話ではない。Pew Research Centerの2023年調査では、アメリカのペットオーナーの97%が「ペットは家族の一部」と答え、約半数にあたる51%は「人間の家族と同じくらい家族の一員」と考えている。つまり、犬と一緒に暮らすことは、家の中だけで完結するものではない。週末、旅行、買い物、カフェ、そしてスタジアムへと、生活の外側にも少しずつ広がっていく。3

Purina Clubがおもしろいのは、「犬も入れます」という許可ではなく、「犬と観るための席です」という設計から始まっていることだ。そこには4つのログ席があり、それぞれ最大で犬2頭と人間4人が入れる。水飲みボウル、犬用のおもちゃ、トリーツ、ギフトバッグ、ペット用ジャージ。人間の余白に犬を置くのではなく、犬がそこにいることを前提に、観戦体験が組み立てられている。14

かわいい、だけでは入れない

もちろん、これは単なる「犬連れOK」のかわいい演出ではない。公式FAQには、犬が少なくとも生後6か月以上であること、完全にトイレトレーニングされていること、狂犬病やDHLP、パルボ、ボルデテラなど必要なワクチンを接種済みであることが記されている。さらに、群衆や大きな音に強く反応する犬、攻撃的な傾向がある犬、感染症の兆候がある犬は入場できない。スタジアムには歓声があり、照明があり、花火演出があり、天候もある。だからこそ、犬を歓迎するには、犬を守るルールが先に必要になる。4

この視点は、とてもアメリカらしい。自由に見えて、実は細かく設計する。楽しむために、先に仕組みをつくる。Purina Clubの設計には、Purinaのペット行動・福祉の専門家、スタジアム建築チーム、CITY SCのスタッフが関わり、音響の専門家からのフィードバックも取り入れられたという。犬をスタジアムに「連れてきた」のではなく、犬がスタジアムで過ごせるように、人間の側が環境を変えたのだ。1

家族を置いてこないスタジアム

Purina Clubの席は、スタジアム東側メインコンコース、セクション105上部のミッドフィールドに位置している。犬連れの観客は専用のゲートから案内され、外にはペット用のリリーフエリアも用意されている。必要があれば、犬と一緒にいったん外へ出て、また戻ることもできる。これは小さなことに見えるけれど、犬と暮らす人ならわかる。外出先で「この子はどこで水を飲めるのか」「トイレはどうするのか」「人混みを避けられるのか」と考えなくていいことは、それだけで大きな安心になる。4

セントルイスは、アメリカのサッカー熱が新しく立ち上がっていく街でもある。St. Louis CITY SCは2023年にMLSへ参入し、初年度から熱量の高いファン体験で知られるようになった。スタジアムは現在Energizer Parkと呼ばれ、クラブはそこを試合日だけではなく、街のコミュニティ体験を生む場所として語っている。そんな場所に犬の席があることは、単なるスポンサー企画以上の意味を持つ。サッカーがアメリカで根づいていくとき、それは「90分の競技」としてだけではなく、「誰と過ごすか」まで含めたライフスタイルとして受け入れられていく。2

犬の席が教えてくれること

ヨーロッパのフットボールには、古いクラブハウスや労働者階級の記憶がある。南米のスタジアムには、街の路地からそのまま流れ込んでくるような熱がある。では、アメリカのサッカーには何があるのか。Purina Clubを見ていると、その答えは少しだけ見えてくる。アメリカのスタジアムは、歴史の深さではなく、体験の設計で文化をつくろうとしている。14

犬と観戦するための席がある。それは、犬を人間の娯楽に巻き込む話ではない。むしろ逆で、人間の娯楽のほうが、犬のいる暮らしに近づいていく話だ。大きな歓声のなかで、犬はたぶん試合の意味を知らない。けれど隣にいる家族の高揚は感じている。人間もまた、ピッチの上の勝敗とは別のところで、そばにいる小さな体温に救われている。

スタジアムに犬の席がある国。それは、家族の輪郭を広く描く国の姿でもある。アメリカ編の犬は、ピッチに迷い込んだわけではない。名前を残したわけでもない。ただ、最初から席を用意されていた。そこに、この国のフットボールの新しさがある。3

連載「犬は、ゴール裏にいる。」——ワールドカップの夏、各国の犬とフットボールをめぐる。

Footnotes

  1. Purina and St. Louis CITY SC Introduce New, Dedicated Dog-Friendly Space In CITYPARK for Fans and Their Furry Friends to Catch All of the Action | St. Louis CITY SC 2 3 4

  2. ST. LOUIS CITY SC WILL WELCOME SOCCER FANS TO ENERGIZER PARK IN 2025! | St. Louis CITY SC 2

  3. About half of U.S. pet owners say their pets are as much a part of their family as a human member | Pew Research Center 2

  4. Purina Club | St. Louis CITY SC 2 3 4