夏の絵、と聞いて思い浮かぶ一枚がある。
まぶしいプール、青い水、ふいに弾ける飛沫。デイヴィッド・ホックニーの絵だ。1960年代、カリフォルニアに移り住んだ彼が描いた『A Bigger Splash』をはじめとするプールの絵は、いまも夏の光そのもののように輝いている。2011年、1000人以上の英国の作家が選ぶ「最も影響力のある英国の芸術家」に選ばれた巨匠である。1
その彼が、人生のある時期、別のあるものに筆を向けた。犬だ。
プールの画家の、もうひとつの主題
1987年、ホックニーは一匹のダックスフントを迎える。スタンリー、そして少し遅れてブージー。2匹は彼の繰り返しの主題になった。1994年からの約2年間で、ホックニーはスタンリーとブージーを描いた40点以上の作品を制作し、それらはのちに『Dog Days』展の中心となった。2
描かれた犬たちは、特別なポーズをとっているわけではない。眠り、食べ、寄り添って丸くなり、ときどき妙にちょこんと座っている。ただ、それだけ。けれど、その一枚一枚に、見る者の胸を打つ何かがある。なぜ、夏の光を描いた画家が、こんなにも静かな犬の絵を描いたのか。
いちばん苦しいときに、いちばん愛しいものを
理由は、彼の言葉にある。
1990年代、ホックニーはエイズによって親しい友人を次々と失い、深い孤独のなかにいた。そんなとき、彼は犬たちに救いを見出した。「何か、愛に満ちたものを描きたかった」と彼は語っている。「彼らは僕にとって、小さな人間のようなものだ」と。3
派手なプールでも、有名な肖像でもなく、足元で眠る犬。喪失のただなかで彼が選んだ主題は、いちばん身近で、いちばん正直な愛だった。
これは、私たちの夏のテーマと、どこかで繋がっている。取り繕うことをやめ、本当に大切なものに正直になる——ホックニーの犬の絵は、そういう「正直さ」の結晶なのだ。
創作のそばには、いつも犬がいた
そして、これはホックニーだけの話ではない。
ピカソには「ランプ」というダックスフントがいた。ウォーホルには「アーチー」と「エイモス」がいた。ホックニーの犬の絵は、芸術家と愛犬という、もっと大きな系譜のなかにある。古今東西、創作のそばには、しばしば犬がいた。4
考えてみれば、不思議ではない。何かを生み出すという孤独な営みのそばで、見返りを求めず、ただそこにいてくれる存在。芸術家が犬を描いたのではなく、犬が芸術家を支えていたのかもしれない。
この夏、もし時間があれば、画集を一冊めくってみてほしい。あるいは、あなた自身のカメラを、足元で眠る彼に向けてみるのもいい。名画でなくていい。大切なのは、いちばん正直な愛を、そこに写すことだから。
夏の光と、眠る犬。
その二つを同じ手で描いた画家がいたことを、今年の夏、少しだけ覚えておきたい。
