執筆・編集:FRENCHEESE編集部
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東京でイベントのたびにお客様を迎えていたabu副店長・クロム。 柔らかな背中と、曇りのない瞳は、小さな子どもにも、ご年配のお客さまにも愛された。
新たな土地で暮らすこと、それはabu1の服と一緒に“空気を運ぶ”ことでもある。 クロムは、abuの“におい”と“手触り”を連れて、海を越えていった。 abuの副店長を務めていたフレンチブルドッグのクロムが、パリ支店長として新たな地を踏むまで。 これはその、小さくて大きな引っ越しの記録。
》クロム、パリへ行く —— abu Paris支店長の渡航日誌〜書類編〜2
看板のうしろに立つもの
クロムはフレンチブルドッグだ。 そして〈abu〉というブランドの空気を、日常のなかでまとってきた存在でもある。 〈abu〉の“店長”である殿のそばで、同じハーネスを身につけ、同じ場所を歩き、 イベントや日常の風景のなかで時間を重ねてきた。
そのクロムが、今回パリへ渡った。 スーツケースには、殿から託されたリードとハーネス。 abuの空気をそのまま携えて、新しい街を歩き始めた。
だからいま、クロムはときどき 「Paris支店長」と呼ばれる。
実在する支店の話ではない。 abuを身につけた一頭の犬が、 パリで生活を始めたことを、 このブランドらしい言葉で呼んでいるだけだ。
広い海を越えて、クロムは渡った
フレンチブルドッグのクロムが、羽田空港からシャルル・ド・ゴール空港へ向かった。 およそ16時間のフライト。クロムにとっては、犬生で初めての「国境を越える日」だった。
移動が決まったのは、ある冬のはじまり。 新しい土地での暮らしを前提に、犬と共に海を越えるという選択肢が現実のものになった。 最初に考えたのは「クロムと一緒に、機内に乗りたい」ということだった。
まず立ちはだかったのは、「どうやって一緒に渡航するか」という問題。 渡航準備はなかなか大変で、手続きやトレーニング、そしてたくさんの気持ちのやり取りが詰まった数ヶ月。 その記録を少しだけ。
機内持ち込みを目指し、世界中の航空会社をあたってみたが、短頭種であるというだけで断られることも多く、重さやサイズの制限にもことごとく引っかかった。
最終的に選んだのは、ANAの貨物室輸送。3 冬季のみ受け入れているというその選択肢が、クロムにとって唯一の渡航ルートとなった。
パリに向けて
輸送方法が「貨物室」と決まったとき、すぐに始めたのは、クロムのための準備だった。
まず用意したのは、彼の体格に合ったクレート。 耐荷重20kg、中型〜大型犬用(56.5 × 80 × 65cm)のものを選んだ。 体長54cm、体高33cm、体重11.9kgのクロムにとっては、広すぎず狭すぎない絶妙なサイズ感だった。
長時間を過ごすこの“巣”を、少しでも安心できる空間に変えていく。 扉を外し、部屋に置いて出入り自由にする。中に入ると必ずおやつがあるようにして、「ここに入ると嬉しいことがある」という記憶を積み重ねていった。
時には部屋を暗くして、ひとりで過ごす時間をつくる。 YouTubeでジェット機の離陸音を小さく流し、音に少しずつ慣れてもらう。 日常のなかに、ささやかに“飛行機の予行演習”を混ぜ込むような感覚だった。
荷造りの時間は、生活の断片をすくいあげるようなものだった。 クレートの中に敷くタオル、いつも遊んでいたぬいぐるみ。 現地でも手に入るとわかっていても、フードをほんの少し詰めた。
出発前日、クレートの上にそっと手を置いて深呼吸するクロムの姿があった。 まるで、自分が旅に出ることを知っているように見えた。
当日のリアルな様子
出発当日、空港には2時間以上前に到着していた。 少しでもクレートで過ごす時間を短くしてあげたくて、チェックインのギリギリまで一緒にいた。
その判断が、思わぬ結果につながる。 「締め切ったので、今日はもうご搭乗いただけません」——結局、その日の搭乗は叶わず。けれど不幸中の幸いで、翌日の便への振替が決まる。 再挑戦の日は、空港に着いてすぐクロムを預けた。
結果的にこの判断がよかったのかもしれない。出発までに静かな時間を持つことで、クロム自身も少し落ち着いて見えた。
——ぎりぎりまで一緒にいたい、という気持ちと、余白の時間がもたらす安心。 その間で揺れながら、出発のかたちは整えられていった。
クロム、パリの朝に立つ
離れ離れの約16時間を経て、クロムは無事にパリへ到着した。 クレートの扉が開くと、彼は静かに立ち上がり、こちらをまっすぐに見た。
給水器は2本つけていたけれど、水はほとんど減っていなかった。 排泄の形跡もなく、クレートの中はきれいなまま。 「お水飲んでいいよ」と声をかけると、クロムは喉を鳴らすようにして、ゆっくりと飲み始めた。 ——大丈夫って信じていた。けれど、完全に不安が消えることはなかった。 だからこそ、元気な姿を見たときの安堵は、静かに深く沁みていった。
一方フランスでの入国は、拍子抜けするほど簡潔だった。 マイクロチップのスキャンも、書類の提示も求められなかった。 ただ「日本から来た」という事実だけで、すべてがすっと通された。 制度としての信頼が、クロムの隣を歩いてくれていたのかもしれない。
生活はつづいていく
abuのリードとハーネスを身につけ、クロムはパリの道を歩き始めた。 朝の光の角度も、石畳の冷たさも、東京とは違うけれど、彼は静かに、しっかりと前を向いている。
生活は、いつの間にか始まっている。 渡航は大きな節目だったかもしれない。けれど、何かが劇的に変わるわけではない。
クロムは今日も、abuの店員として、別の街に立っている。 それは、「遠くに来た」というよりも、「一緒に進んでいる」という感覚に近い。
そして、静かな歩みの先には、また新しい日常が続いていく。そんなクロムのパリライフは彼のInstagram4でそっとのぞくことができる。
