梅雨を言い訳に、家の中に沈む。 それは堕落ではなく、犬と人にだけ許された特権かもしれない。
雨が降り始める少し前、彼は決まって耳を伏せる。 ベランダの方をちらりと見て、それからソファの自分の定位置へ、ゆっくりと戻っていく。
雨の匂いを、彼は知っている。 私が天気予報を確認するよりも、ずっと早く。
彼らは、空気そのものを読んでいる
気圧が下がるとき、湿度が変わるとき、空気中の匂い分子が動くとき ―― 愛犬たちの鼻は、私たちの何万倍もの解像度でその変化を捉えているらしい。
「すごい能力」と褒めるのは、たぶん違う。 彼らが特別なんじゃなくて、私たちが鈍くなっただけだ。
スマホの通知を待たないと、明日の予定すら決められない。 窓を開けて空気を吸うより、アプリの降水確率を信じる。 そうやって、私たちはずいぶん遠くに来た。
隣で耳を動かす彼を見ていると、自分が何かを忘れていることに気づく。
6月は、まだ本番じゃない
そういえば、6月って何の月だっけ。
梅雨、と答えるのは半分正しい。 でも、もう半分は ―― 夏が来る前の、控え室みたいな時間。
7月になったら、フレブルにとっては本気のシーズンが始まる。 暑さ、湿度、アスファルトの照り返し ―― 短頭種の彼らには、わりとシビアな数ヶ月。 クールアイテムを揃え、散歩の時間を組み直し、室内環境を整え直す。 そういう本気の準備が、来月から始まる。
だから6月は、まだいい。 慌てなくていい。 今のうちに、ちょっとした下見をしておくくらいで。
新しいハーネスのサイズを試着してみる。 クールマットを引っ張り出して、彼の反応を見る。 雨の日に行ける場所を、ひとつふたつ、頭に入れておく。
それくらいで、ちょうどいい。
家の中に沈む、という贅沢
ここ数年、6月になると「梅雨対策」という言葉が街にあふれる。 除湿、消臭、防カビ、抗菌 ―― すべての動詞が、雨を敵に回している。
でも、彼は雨を敵だと思っていない。 ただ、降ってくるものだと知っている。 だから、定位置に戻る。それだけだ。
私たちもそろそろ、戻っていいのかもしれない。 雨を防ぐのではなく、雨と一緒に座る場所へ。
「梅雨だから家にいる」と人に言うと、なぜか少し申し訳ない顔をしてしまう。 出かけられなくて残念、という前提が、社会のどこかにある。
でも、考えてみてほしい。 雨の音が窓ガラスに当たっていて、部屋には低いボリュームで音楽が流れている。 淹れたてのお茶の湯気が立っていて、隣にはぐっすりと眠る小さな体がある。
これを「残念」と呼ぶのは、たぶん何かが間違っている。
家の中に沈むこと ―― それは堕落ではなく、犬と人にだけ許された、ある種の特権だ。 わざわざ予定を空けて、何もしない時間を作る。 彼が眠っている横で、本を読む。 それは、忙しい人間社会から、ふたりだけ降りる時間でもある。
UNBOTHERED であること
UNBOTHERED ―― 気にしない、動じない、煩わされない。
雨に動じない。 予定が狂っても動じない。 出かけられない日があっても、動じない。 夏が来ることにも、まだ動じない。
それを教えてくれるのは、たぶん彼だ。 雨の匂いを先に知って、定位置に戻り、丸くなって眠る。 天気予報も、来月の暑さも、彼の世界にはまだ存在しない。
存在するのは、いまの空気と、隣にいる私だけ。
それで充分なのだと、彼は知っている。
6月、Frencheeseは肩の力を抜く。 本気の夏は来月から。 今月は、雨の音を聞きながら、ちょっとした下見と準備運動を。 家にこもる日も、雨の散歩も、屋根の下の小さな冒険も ―― 全部、動じない態度で。
雨の匂いは、彼に教わればいい。
