夕方は、彼の時間
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夕方は、彼の時間 — 日が短くなるほど、よく見えている目

日が短くなるのはさみしい。でも犬にとって夕暮れは、いちばんよく見え、活発になる時間。帰り道が短くなったという感覚を、彼の見せ場が戻る合図に変える。

夕方は、彼の時間 — 日が短くなるほど、よく見えている目

金木犀が匂いはじめた。夕方五時、気づけばもう、空の色が変わっている。

日が短くなるのは、少しさみしい。一緒に外にいられる明るい時間が、日ごとに削られていく。帰り道はいつのまにか薄暗くて、彼の輪郭が夜に溶けていく。——けれど、そのさみしさは、たぶん私だけのものだ。となりを歩く彼は、この時間を、まるで違う目で見ている。

薄明かりの、名手

犬は、薄明薄暮性の生きものだ。むずかしい言葉だけれど、意味はやさしい。夜明けと夕暮れ——空が青くも黒くもない、あの中間の光のなかで、いちばん活発になり、いちばんよく見える。狼だった頃の記憶が、まだ彼らの目に残っている。

その目のなかには、私たちが持っていない仕掛けがある。暗がりで光をとらえる細胞が多く、網膜の奥には、入ってきたわずかな光を鏡のように跳ね返す層がある。夜、犬の目が光って見えるのはそのせいだ。彼らは、少ない光を二度使う。だから、私が「もう暗いな」と目を細めるその瞬間にも、彼にとっての世界は、まだ十分に明るい。

昼は、私たちの時間だった。明るくて、色があざやかで、遠くまでくっきり見える、人間のための光。けれど夕暮れは——ちがう。ここからは、彼の時間だ。

帰り道が、短くなったのではなく

そう思うと、景色が反転する。

日が短くなるというのは、彼のいちばん得意な光が、一日の真ん中に戻ってくるということだった。夏のあいだ、昼の暑さに阻まれて出られなかった時間。それがようやく緩んで、しかもいちばん歩きやすい、薄明かりの散歩として返ってくる。

表紙の彼を見てほしい。金木犀の茂みから顔を出して、少し上を、見上げている。何を見ているのかは、わからない。虫の羽音か、風に揺れる枝か、それとも私たちには見えない、光の粒か。ただ確かなのは、あの半分暗い緑のなかで、彼の目は、ちゃんと世界をとらえているということだ。

また、歩こうか

帰り道が短くなった、とさみしがっていたのは、私のほうだった。彼にとっては、むしろこれからが本番。夕方が、彼のために場所をあけて、こちらへやってくる。

だから今日も、日が傾いたら、リードを手に取ろう。薄明かりのなかを、彼のペースで。よく見えているほうに、少しだけ任せて歩く夕暮れは、きっと、夏のどんな昼よりも豊かだ。

——夕方が、急いでいた。彼に会いにいくために。