夏。フードボウルに、昨日の残りがある。心配になる。けれど、それは多くの場合、異常ではない。
犬は季節によって食事量が変動する。夏はおよそ15〜20%、食べる量が減るとされる。冬に蓄え、夏に控える。これは身体が環境に合わせて行う、ごく自然な調整だ。問題は「食べないこと」そのものより、食欲の低下とともに水分摂取まで落ちてしまうことにある。
では、どう水分を届けるか。ここで、東洋の食養生——薬膳の考え方が、ひとつの視点をくれる。
「脾」という、夏に弱る場所
中医学では、五臓を肝・心・脾・肺・腎の五つで捉える。このうち夏に負担がかかりやすいのが、消化を司る「脾(ひ)」だ。夏の養生とは、暑さや湿度から夏の臓「心」を守りつつ、「脾(胃腸)」の働きを低下させないこととされる。
夏バテによる食欲不振は、この「脾」の機能が落ちたサイン、と読み替えられる。食べないのは気まぐれではなく、内臓からの正直な信号なのだ。
冷やすと、かえって熱くなる
ここに、見落とされがちな逆説がある。
「暑そうだから」と冷たいものを与える。一見やさしい。けれど中医学の視点では、頻繁に氷や冷たいものを与えると、逆に脾の働きを弱めて夏ヤセにつながる。冷えたものが胃に入ると、体は冷えた場所を温めようとエネルギーを集中させ、結果として体が熱くなることもあるという。
西洋医学的にも同じ結論に至る。犬の腸が最もよく働く温度は40度前後とされ、キンキンに冷えたものは消化・吸収を妨げ、下痢や食欲低下を招く。
冷やすのではなく、潤す。火照りは内側からゆるめる。これが、夏のごはんの設計思想になる。
夏野菜は、天然の「水分装置」
幸い、夏が旬の野菜は、この季節の身体によくできている。
きゅうりやトマトには解毒・利尿・体に潤いを与える作用があり、身近な食材の中でも使いやすい。これらは九割前後が水分で、身体にこもった熱を穏やかに冷ましてくれる。薬膳ではこうした食材を「寒涼性」と呼び、火照った身体のクールダウンに用いる。
ただし、冷やす力が強いぶん、使いすぎは禁物。生姜など体を温める食材を少し合わせる、あるいは加熱して与えることで、胃腸を冷やしすぎないバランスがとれる。
短頭種という、特別な身体
そして、フレンチブルドッグには固有の事情がある。
頭が大きい短頭種は、構造上、熱がこもりやすい傾向がある。彼らはそもそも夏に不利な身体を持って生まれてきた。だからこそ食養生の意味も大きい。
中医学的なアプローチとして興味深いのは、下半身を温めることで、頭側にこもった熱を下に流すという発想だ。寒涼性の食材で余分な熱をとりつつ、身体を芯から冷やしきらない。冷やすことばかり考えがちな夏に、「巡らせる」という別の軸を持っておく。この二段構えが、短頭種の夏には理にかなっている。
つくってみる
理屈が長くなった。実際は、難しいことは何もない。脾をいたわり、水分を含ませ、冷やしすぎない。それを一皿にしたのが、下のレシピ。
夏の水分ごはん — ささみと夏野菜の冷ましスープ
材料(持病のない体重5kg前後の成犬・一食分の目安)
- 鶏ささみ 50g
- きゅうり 20g
- トマト 30g
- かぼちゃ 30g
- 水 200ml
- 白米(炊いたもの・お好みで)30g
作り方
- きゅうり、トマト、かぼちゃを、愛犬がのどに詰まらせない大きさに小さく刻む。ささみは筋を取っておく。
- 鍋に水を入れて火にかけ、ささみを茹でる。火が通ったら取り出し、冷めてから細かくほぐす。茹で汁はそのまま使うので捨てない。
- 同じ茹で汁に、刻んだかぼちゃを先に入れてやわらかくなるまで煮る。続けてきゅうりとトマトを加え、ひと煮立ちさせる。
- 火を止め、ほぐしたささみを戻す。お好みで白米を加える。粗熱を取り、人肌くらいの温度まで冷ましてから与える。冷蔵庫でキンキンに冷やさないのがポイント。
メモ
はじめて手作りごはんを与える場合は、いつものフードに少量トッピングするところから。きゅうりの青みが苦手な子は、かぼちゃと一緒に煮ると食べやすくなる。トマトはヘタと種を取り除いて。ネギ類は絶対に使わないこと。2日以上ほとんど食べない、3日以上いつもの半分以下、といった状態が続くときは、夏バテではなく別の原因も考えられるので、かかりつけの獣医に相談を。
この夏が、次の季節をつくる
最後に、もう少し長い時間軸の話を。
中医学に「冬病夏治(とうびょうかち)」という言葉がある。冬に出やすい不調や、身体を温める力の不足を、夏の養生によって好転させるという考え方だ。逆に言えば、夏に冷たいものを摂りすぎて胃腸を冷やし、その冷えを抱えたまま秋冬へ持ち越すと、冷えはかえって強くなっていくとされる。
つまり、夏にどう過ごすかは、その夏だけの話ではない。今この季節に内臓を冷やしすぎないことが、めぐりめぐって、次の冬や春の体調を静かに支えていく。
夏のあいだ、彼らは少し小食になる。それは怠けでも不調でもなく、季節に対する正直な反応だ。こちらにできるのは、その信号を読み、潤いだけは切らさず、脾をいたわる一皿をそっと置くこと。
夏に正直な身体へ、こちらも正直に応える。その積み重ねが、長い一年をめぐっていく。
手作りごはんや薬膳的な考え方は、日々のケアの選択肢のひとつです。持病、服薬、アレルギー、腎臓・膵臓・消化器の不調がある場合や、食欲不振が続く場合は、必ずかかりつけの獣医師に相談してください。
